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末吉

光神庚申六地蔵塔

2021年04月13日

末吉町諏訪方光神の山王神社敷地内に、寛文9(1669)年の六地蔵塔があります。 高さは1.63メートルあり、六地蔵や蓮台等の彫刻も精密です。 幢身「奉修庚申講諸衆欽言」「右為結衆所願成就故也」等の刻字があり、庚申講との結 …

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村田雅楽助地頭墓

2021年04月13日

末吉郷初代地頭村田雅楽助経宣(経信)の墓が、興昌寺跡にあります。 入道名は寿仙といいます。 和歌に通じ、住吉神社には多数の奉納和歌が残されています。 寿仙の和歌 「そのかみの 誓ただしく 住吉の 神代の松や 秋の声そふ」 …

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宝珠庵城跡

2021年04月13日

末吉町深川にある古い城で、深川氏を始め、和泉氏、新納氏、豊洲島津氏等が深川に治所を置き、宝珠庵城を居城として使用していたといいます。 また、ここには天竜山持宝院という寺もありました。 永禄3(1560)年10月、島津家と …

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平松城跡

2021年04月13日

末吉町橋野の陣ノ山に位置します。元亀4年(1573)1月の国合原合戦の際に、北郷家臣の永山刑部(肝付家臣の説もあり)が築城したといいます。 主郭付近には、四連の横堀が確認され、これは庄内の乱(慶長4~5年)の際、南(志布 …

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中津瀬

2021年04月13日

南之郷の中園、現在の檍小学校の前の大淀川の瀬は、古くから『中津瀬』と呼ばれています。 中津瀬は、古事記・日本書紀などにある国造りの神話と深い関係があります。 黄泉国から戻った伊邪那岐尊(いざなぎのみこと)は、穢(けが)れ …

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平 季基の墓

2021年04月13日

平季基の墓が南之郷橋野の若一王子神社近くにあります。季基は、末吉や都城の基礎をつくった人物ともいえます。 季基は太宰大監でしたが、万寿3年(1026)に奈良宗と共に日向国諸県郡島津に来て開荘し、関白藤原頼通に寄進しました …

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花房製鉄所跡

2021年04月13日

南之郷の新田山の集落を過ぎた花房の田んぼには、かつて製鉄所がありました。 製鉄は志布志の浜の砂鉄を馬の背で運び、山林深く木炭が多いこの地において、明治初期まで行われていました。 いつ頃から花房で製鉄が始まったのか定かでは …

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末吉通山宿場跡

2021年04月13日

藩政時代、鹿児島から高岡へ延びる街道(国道10号線沿い)は高岡筋(東目筋)と呼ばれていました。 なかでも通山地区は交通の要衝で、財部側と末吉側とに分かれた大きな宿次所でした。 ここには『お茶ン場』という建物(現在の通山郵 …

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末吉城跡

2021年04月13日

 末吉城は、建久7年(1196)島津忠久に従った稲村伊賀重家の築城に始まります。室町期の永享4年(1432)頃には島津氏9代島津忠国が居館として利用し、都城や末吉等を管治しました。  その後、庄内の乱の時には、伊集院方の …

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白尾桃庵の墓

2021年04月13日

興昌寺跡にあります。 白尾桃庵は江戸時代の儒学者で、朱子学を奉ずる桂庵玄樹を租とする薩南学派の流れにあり、師は愛甲喜春です。 桃庵は、志布志や郷里で子弟教育にあたりました。 享保2年(1717)に没しました。 墓は宝篋印 …

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